書籍・雑誌

白戸圭一著「ルポ資源大国アフリカ」

毎日新聞社所属の記者・白戸圭一氏がアフリカ支局(南アフリカ・「ヨハネスブルク駐在)に赴任していた2004~2008年に、様々な危険を乗り越えて取材した渾身のレポートです。

資源と紛争、そして日本を始めとする先進国がどのように関わっているのか興味があって読んでみた。

レポートは、南アフリカ、ナイジェリア、DRコンゴ、スーダン、ソマリア。

世界情勢や、近年の歴史や民族問題に疎い私でも、簡潔に概況をまとめた記述があるので、紛争の背景が理解しやすかった。

とは言え、多くの危険の中での取材がよくもこれだけできたものだと、その気概に敬意を表するばかりなのです。

さて、その取材内容は、驚くことばかりで、読んでいて怒りばかりがこみ上げてきた。

南アフリカでは主に、犯罪と人身売買と売春の問題を。

ナイジェリアでは、世界に広がる犯罪組織と石油問題を。

(以前、私が読んだ「ケン・サロ・ウィワ」についても触れています)

DRコンゴでは、資源と紛争の問題。

スーダンでは、ダルフール問題に関わる石油の問題。

ソマリアでは、東西冷戦の影響が未だに残る無政府状態にある紛争の問題。

白戸さんの綿密で粘り強く、そして大胆な取材から、資源があるが故、その資源を巡って大国(先進国)の資金が流れ込み、腐敗した政府と一部の人だけが利益を得るが、多くの人々は貧困や病に苦しんでいる様子が、紐を解くようにわかってくる。

今までも、私はわかっていたつもりだけど、全然わかっていなかった。

たとえば、DRコンゴのコルタン(タンタル)については、ブログでも何回か取り上げたけど、スーダン・ダルフール地方の大量虐殺に関わっているとされている政府の民兵(ジャンジャウィードと呼ばれる)は、石油輸出の利益によって、その資金を政府が提供している。

すなわち、スーダンから石油を輸入していること事態が、虐殺に手を貸していると言っても言い過ぎではないと思うのです。

北京オリンピック開催に当たって、中国はスーダン政府を石油を買うことや資金提供で支援していることを、人道的団体から、かなり非難されたが、何もスーダンの石油を買っているのは、中国だけじゃない。

日本も輸入しているのだ。

(外務省のページを見ればわかります)

DRコンゴのコルタンも然り。

DRコンゴには、ルワンダの虐殺に関与したフツ族の一味が暴れている。

こういった、きちんとした軍隊ではない組織では兵站はなく、いわゆる“自活”なので、村が襲われたり、女性がレイプ被害にあったりする、暴力が蔓延する。

ソマリアでは、暫定政府が首都のモガディシオに入れない状態が続いている。

イスラム過激派たちの組織が制圧しているからだ。

その、イスラム過激派の資金には、中東のオイルマネーが流れているという。

日本で暮らしている限り、こういった紛争に知らず知らずのうちに手を貸していることになっているのだ。

このような、資源国アフリカと先進国を結ぶのは、暴力だと著者は言う。

その通り、副題には“暴力が結ぶ貧困と繁栄”とある。

日本では、遠い存在のアフリカの紛争かもしれないが、やはりその脅威は、北朝鮮や、中国(軍事大国)、そして、アフガンやパキスタンの問題など抱えている。

そして、つい先日発表された貧困率は、2007年は15.7%、世界ワースト4位というショッキングな結果が出た。

(これ、竹中へいぞーが、「社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはない」と嘘八百言ってました)

子育てにはお金がかかる、と子ども手当てが来年から支給されようとしているが、そんな子育てにお金がかかる社会にしてきたのは、誰なのか。

物欲にかられ、ハイテク機器や贅沢な生活(世界から見れば)を、普通のこととしてきたのが、今の日本の姿だ。

今、抱えている核・暴力の脅威や貧困の格差は、私たちが途上国から蝕んできた報いなのかもしれない。

でも、ぜったいに諦めない。

“ありがとう”で繋がる世界にすることを。

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印象に残った言葉

今、塩野七生さんの「ローマ人の物語」No.36“最後の努力”を読んでいる。

単行本のNO.13の文庫本版です。

文庫本発行の際に、表紙に使っている貨幣について、作者が冒頭に寄せている文がある。

その中で作者は、一国家の誕生から死までを書いていて痛感することを二つ挙げている。

そのうちの2つ目に

“いかなる改革も当事者たちの本質に基づいていない限りは失敗に終わる”

と記している。

ローマの皇帝たちは、何とか国を存続させようと努力をする。

けれども、その努力は、かつてのローマがローマたらしめたローマなるものとは違う方向に向かっていったのである。

作者は、“一国家”についての感想を述べていらっしゃるが、

“一人間”にも言えることではないだろうか。

人が、人として大切にするべきもの、人とは何か、という大切な本質が見えなくなるとき、

歩む先は、本来歩むべき道とは違う方向に行くのではないか。

そんなことを思った。

人が人らしく生きる。

当たり前のことにしていきたい。

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「子ども兵士」アムネスティ編著

1998年、アムネスティ、ヒューマンライツウォッチ、セーブ・ザ・チルドレンなどのNGOが「子どもの徴兵は意思を目指す連合」を設立し、2003年に、アムネスティはコンゴに調査団を送り、元子ども兵士の聞き取りなど調査を行っています。

こういった活動から、子ども兵士の問題を日本の多くの人に知ってほしいとの思いから編集された本。

第1章では、ウガンダの元子ども兵士をずっと取材し続けている下村靖樹さんの写真と分で、子ども兵士について紹介。

ラケラと言う、11歳の時に誘拐されて無理やり兵士にされた少女の取材からは、日本からは到底、想像することができない経験をし、解放されても如何に社会復帰が難しいかを思い知ることができます。

第2章では、子どもが兵士とされる背景・問題点を挙げています。武器の小型化、子どもの扱いやすさ(洗脳のしやすさ)、そして貧困、紛争と、複雑な背景が絡み合っています。

児童労働も問題になっていますが、紛争地域では、童労働からあぶれ出た子どもたちが、ストリートチルドレンなどになり、その行く末には兵士への道が待っているのです。

第3章では、各国の状況がレポートされています。その中で、スリランカが挙げられているのですが、2009年5月19日、政府軍が内戦終結を宣言しています。(この本の刊行は2008年10月)

終結後、日本も各NGOが復興支援を始めていますが、9月3日に、反政府軍LTTEの少年兵のリハビリをマレーシアで受けるため、政府が特別にパスポートを発行する、という記事がありました。

コンゴ、ウガンダ、ビルマ、コロンビア・・・まだまだ、子どもたちが子どもらしく生きていける時代にはなっていません。

第4章、第5章では、アムネスティのコンゴ民主共和国・元子ども兵士への調査から、入隊後の待遇、社会復帰について。どちらも過酷な境遇が待っています。

特に、少年兵が犯した罪をどう裁くかについては、復帰問題の中でも国際社会の意見が分かれるところです。

では、国際社会、市民レベルではどうしたらいいのか?が第6章で記されています。

国際社会としては、国連安全保障理事会での取り組み、「武力紛争への子どもの関与に関する子どもの権利条約第一選択議定書」への批准、子ども兵士使用者の告発、など働きかけてきました。

市民レベルでは、NGO活動への参加、政府への働きかけ(手紙を書く)などが挙げられています。

この辺になると、何とも・・・もどかしいのですが。

最後に、解説と資料として、子ども兵士を使う主な国々のデータが掲載されています。

繰り返しの説明がいくつか見られて、編集としてはもう少し整理できたのではないかと思ったのですが、編集者はみんなボランティアで、その熱意を感じました。

中学生から読めるような、写真を多く使用したレイアウトになっていると思います。

もちろん、大人の方は読みやすい本だと思います。

子ども兵士について知りたい、と思われた方にはぜひ、おすすめの1冊です。

蛇足ですが、私はこの本のレビューを昨年11月に書きますってブログに書いているんですね。汗

http://pottin.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-6161.html

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“人生は自分のもの”~「クーリエ・ジャポン」9月号

クーリエ・ジャポンの9月号。

「究極のバカンス!」という見出しに惹かれる季節。

夜中に2度、3度と暑さで目が覚める現実。

夏ではなく、秋に久しぶりに海外へ行けたらいいなー、と考えています。

候補は、トルコかカンボジア。

いけない!私はすぐ夢想に耽ってしまうのですが、

今回の号で一番気になったのは、パレスチナ人女性が自爆テロへと駆り立てる理由を取り上げた記事。

スペインのカタルーニャ地方発行の“バングアルディア・マガジン”という週刊誌に掲載されたものです。

3人のパレスチナ人女性がどのようにして自爆テロを行おうとしたのか、

また、3人のうち2人は、自爆テロを実際には行わなかったのですが、その経緯、そして現在の想いが載っています。

よく、こういう記事が書けたなぁ・・・と思ったのです。

イスラム教の教えによると、男性の殉教者は天国に行って、素晴らしい暮らしを待っていると言う。

でも、女性には何が約束されているのか、本人はわからないと言う。

それでも、何が彼女たちを自爆テロへと駆り立てるのか?

無実の知人、親戚を殺された恨み、政治的意図、宗教的理由、そして、個人的な思い・・・それらが相まって、残虐的行為を行わせしめる。

そう文章で表現するのは、私にはおこがましい気がする。

パレスチナには人間らしい暮らしそのものが失われている現実があるからだ。

3人のパレスチナ人女性の最初に出てくるイーリーン・アフメドさん。

彼女は、知られる中では唯一の、自分の意志で自爆テロを止めた方だ。

自爆テロ実行に向かったとき、偶然、自分と目が合って微笑みかけてきた幼子に我に返ったという。

イスラエルの人々は罪のない人々を殺すけれど、自分はそれと同じことはできない、と。

彼女といっしょに自爆テロを行う16歳の少年もいて、彼女はその少年にも止めるよう説得する。

そして、彼女は辞退したい、と粘り強く訴えるのです。

パレスチナには、彼女のように自爆テロを行うことを夢見る人も多いと逆に説得される。

でも、彼女はキッパリと自分の言葉で意志を伝える。

“人生は自分のものだ”

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「クーリエ・ジャポン」8月号

「クーリエ・ジャポン」は、興味があるとたまに買ったり、立ち読みをしたりする雑誌です。

ご縁のある方が、クーリエ・ジャポンの編集に関わっていらっしゃると、最近知り、読む楽しみが増えました。(◎´∀`)ノ

世界のいろいろな情勢を知ることができるのが、私が読む理由ですが、逆に外国の人が見たニッポンの姿も面白い。

“面白い”で片付けられるほど、実際はお気楽ではないのは、言わずもがなですね。

女性のホームレスの問題にも目を向けている記事もあって、頭が下がる思いでした。

印象深いのは、世界報道写真大賞受賞されたアンソニー・スロウ氏が撮られた

“日本のデトロイト”

写真ももちろんそうなのですが、文章の目の付け所がすごいなぁ・・・と思うのです。

視覚と文字の表現とでダブルで押し寄せてくる氏の波に飲まれそうです。

印象的だったのは、プリウス頼みで他の車じゃダメだと斬り、トヨタがGMやクライスラーとは違って生き残れた理由をはっきりと表現しているところです。

ニュースを聞いていると、エコだの何だの言ってプリウスの売れ行きが好調なこと“のみ”しか報道されてないけれど、今でも、期間従業員で契約を打ち切られた人たちは、豊田の街で静かに生活していらっしゃる。

東京では、野宿者のための炊き出しに並ぶ人数が、まだまだ増えているという事実は依然としてある現実。

氏のようなジャーナリストの記事に出会えることを感謝しつつ、私も学びたい。

今、プリウスの売れ行きが好調で

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人生を変えた1ページ

今、有隣堂で“読むんじゃなかった!?~人生を変えた1ページ”というフェアをやっています。

これは、『有隣堂×エニグモ WEB連動型書店フェア』で、サイトでも見ることができます。

今、注目されているビジネス・パーソンが、自分の人生を変えた本を紹介しています。

これを知ったきっかけは、例のミシマ社さんからの情報で、三島社長も“注目されている”そのメンバーのおひとりでいらっしゃいます。

ミシマ社としても、出版した「エニグモ」社さんが取り上げられて嬉しいだろうなぁ・・・

本は、通販で買うのも便利だけど、これは実際に手にとってみたい!と思い、ヨドバシAKIBAの有隣堂に行ってきました。

読んだことある本を見つけてはニンマリとし、こんな企業の本が選ばれているんだぁ・・・と思うこともあり、中には「ドラゴンボール」をあげていらっしゃる方もいて、個性的でもあり、わりと普通でもあり・・・と思いました。

そうそう、“社会企業の可能性”という選書もあり、トップにえりこちゃんの本が挙げられてました。

ところで、自分の人生を変えた本てありますか?

私は、自分の人生は恵まれていると思うけれど、社会的に貢献しているかというと、?マークが付くせいか、自分の人生を変えるまでの本には出会った記憶がないのです。

もちろん、印象深い本はたくさんあり、本を1冊読むと、すぐに次の本が読みたくなり、そういう意味では、本を味わうってことが不足しているのかもしれません。

私の夫は、好きな本は繰り返し読むタイプで、よくそんなことができるね、なんて私は言っています。笑

で、自分に影響を与えたというか、印象深かった本を思い出してみると、小学校3年のときに読んだ「アンクルトムの小屋」と「ハックルベリーの大冒険」でしょうか。

私のことをよく知っている人は、なるほど!と思ってくれると思います。笑

あとは、「ガンジー」「マザーテレサ」など、伝記が多いです。

小説は、社会人になってからはほとんど読まないです。

どこかに、結局、物語じゃん!と思ってしまう、超現実主義なのかもしれません。

ビジネス書も読みますが、身につかず。

そう考えてみると、渾身こめて書かれた作者に良心的な価格で提供していただいたのに、失礼なことしているな、と反省。

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ソトコト6月号に「世界遺産で戦う子どもたち」の記事

子ども兵士のことは、誰が聞いてもショッキングな現実ですが、ウガンダのLRA(神の抵抗軍)の子ども兵士のことが世界に知られる前は、貧困が原因で自ら志願したり(親や家族が殺されたことへの復讐もある)、イスラム過激派のように洗脳によって兵士とされる、という認識がほとんどでした。

けれども、LRAは子どもたちを誘拐して兵士にするという、そのやり方に世界は非難を高めました。

現在、LRAの勢力はほとんどなくなり、元兵士の子どもたちは社会復帰を目指している子が多いと聞きますが、その子どもたちを撮り続けている下村靖樹さんの記事が、今発売中の「ソトコト」6月号に載っています。

今年の2~3月にかけてアフリカへ取材に行かれていて、そのときの一部の報告になっています。

下村さんはルワンダ、地道に“アフリカ大湖地域 (ルワンダ・ケニア・タンザニア・ウガンダ・コンゴ民主共和国)・ソマリア”(ご本人のHPより)を取材し続けていらして、今回の取材も下村さんならではのものとなっています。

なかなか、メディアに出ることも少ないと思いますので、手に取る機会があったら、ぜひご覧になってください。

ジャーナリストでは、私の一番のひいきの方です。wink

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「ナイジェリアの獄中から」ケン・サロ=ウィワ~その2

悲しいかな、アフリカのニュースは紛争が起こらないと伝えられない、そんな状況だ。

ナイジェリアの話題は、サッカーの話題が主で、あまり他のニュースは伝わってこないような気がしている。

ナイジェリアの歴代軍事政権は、石油の利権を握って懐を暖めてきた。

なので、政府に少しでも反発しようものなら、ありもしない理由をつけて処分してきた。

人権と言う概念のない国なのだ。

人は誰しも環境の良い所で生きたいと思うし、特に故郷は大切にしたいものだと思う。

ケン・サロ=ウィワは、自分の故郷とそこに住んでいる人たちを守るために、静かに、けれども毅然とした運動を行った。

彼は、アフリカにおける作家は政府から無視されること(識字率が低いために)を逆に利用した。

彼は、作家だからこそ、その知識を生かしてこの運動ができた、この運動をしなくてはならないと使命を持っていた。

ナイジェリアの作家たちは、これまでも“政治”に関わって来たとケンは言っている。

作家は“言葉”を持っている。

“言葉”は力だと。

アフリカは、黒人による国家=黒人同士だから、先住民の問題などない、というのが世界の見識だった。

アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの先住民のことは良く知られているが、アフリカは知られてなかった。

でも、インディアンやアボリジニのように、ナイジェリアではザンゴン・カタフやオゴニがそれに当たる、とケンは訴える。

多国籍企業のシェル石油は、オゴニから採れる石油で300億ドル(ケンが本を書いた時期なので、1993~4年頃の数字)を奪っていった。

オゴニの人たちは環境破壊のために病んでいる。

人だけではなく、植物も動物も魚も死に絶え、土地は荒廃している。

“戦争”は起こっていないが、これは異常な“戦争”だ、と。

ナイジェリア政府は、オゴニの自治を認めず、奴隷状態に置いている。

もちろん、石油の利権を我が物にしておくためだ。

ケンは一生懸命、国際社会に訴える。

オゴニを救うことができるのは国際社会だと。

テレビやラジオは政府が握っているので、国民には新聞や雑誌で訴えた。

オゴニでは、このために新聞を読む人たちが増えたと言う。

彼は、プロデューサーの経験を生かして、オゴニの運動をうまく宣伝していった。

また、シェル石油に対しても、毅然として訴えていった。

当時、シェル石油は自分たちの非を認めようとはしなかったし、情報を開示しようともしなかった。

それどころか、ケンを非難するばかりだった。

が、まず、どんな環境アセスメントを行ったのか情報開示するようにケンは要求した。

そして、いつかシェル石油が自分たちのしたことが間違っていると気づくだろうと希望を持っていた。

当時、シェル石油は、石油生産高の20%をナイジェリア政府に支払っていた。

でも、オゴニに支払われるのは、たったの1.5%である。

ケンは、国際人権委員会大会(スイスで行われた)に行こうとした時、パスポートを没収されて出国できなかった。

そんな弊害にも屈することなく、ボディショップの創始者アニタさんから援助を受けることにも繋がっていった。

世界の人権団体も、BBCや英タイムズ紙もオゴニのために運動や訴えをするようになって行った。

オゴニの住民たちも、自分の意志を持ち、政府に対して毅然とした態度をとるようになって行った。

1884年、ベルリン会議において、アフリカの国の境界線は決められた。

国民国家という考えが最盛期を迎えていたヨーロッパが、それを無視してアフリカの国の線引きをした罪の代償は本当に大きい。

オゴニは、1914年、イギリスに攻撃され、無理やりナイジェリアに組み込まれてしまった。

イギリスによって、民族は併合され、(イギリスの)シェル石油によって環境は破壊され、二重の苦しみをオゴニに植えつけられた。

ケンは、民族による自治と、環境と資源のコントロールを訴える。

しかし、ヨーロッパはアフリカはいつまでも“植民地化”していればいいと思い、前進(発展)を望んでなどいない。

けれども、意志さえあれば、必ずできる、とケンは希望を捨てなかった。

世界は、ケンの希望を叶えることはできなかった。

ケンは、8人の同士とともに処刑された。

ケンは、イギリスの友人に獄中から手紙を書いている。

「精神的には僕は勝利している。」と。

1995年、ケンは処刑された。

その1年前、サッカー・ワールドカップで“アフリカ旋風”を起こし、「これからはアフリカの時代」と言わしめたのがナイジェリアだった。

それもまた、静かなる民族の犠牲の上に立ってのことだった。

ナイジェリアで石油が発見された1950年代から、日本も高度成長期を迎えようとしていた。

そんな経済成長も、誰かの犠牲の上でしか成り立たないのなら、いったい、発展とか経済成長とか、何の意味があるのだろうか?

こういう現実を考えるとき、私は日本に生きていることに虚しさを覚える。

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「ナイジェリアの獄中から」ケン・サロ=ウィワ~その1

アムネスティの活動のひとつに、不当に逮捕されたり監禁されている人の解放を求めて、ハガキを政府、あるいは担当大臣などに送るものがあります。(一定の時間が取りにくい忙しい方にもおすすめのボランティアのひとつ)

その“ハガキ書き”(すでに文言が書かれたハガキが用意されているので署名して70円切手を貼れば投函できる、もちろん、自分でハガキにその文言を写してもOK)の効果をつい先日聞いたのですが、70%の方々が解放などの結果が出ているとのこと。

前置きが長くなりましたが、今から14年前、このアムネスティを始め、世界の心ある方々の熱心な活動にも拘らず、無実の罪で処刑された作家がいました。

「ナイジェリアの獄中から」は、その無実の罪で処刑されたケン・サロ=ウィワの、文字通り、獄中にいる時に書かれた最後の手記です。

ケン・サロ=ウィワは、作家だけでなく、TVプロデューサーであり、輸入も行っていて、加えて環境活動家でした。

1950年、ナイジェリアに石油が発見されました。そのほとんどがオゴニで獲れます。地表から湧き上がるガスの炎は、一日中止まりません。

年月が経つにつれて、土地は荒廃し、硫黄の臭気が蔓延。そこには50万人のオゴニの人々が暮らしていたのです。

ケンは、1990年(と言われています)、オゴニの活動を守るためにMOSOP発足し、当時、シェル石油のその身勝手なやり方に抗議をし、その活動の指導者となりました。

ナイジェリアは約250の民族から成っています。独立は1960年。

アフリカ中西部に位置し、ニジェール川流域を占めギニア湾に面する人口1億1千万人を超える国家です。

アフリカの多くの国がそうであったように、ナイジェリアもまた軍事政権でした。

国境線は、植民地時代のまま、ヨーロッパが適当に線引きしたため、民族が分断されたり、また、対立していた民族が同じ国に組み込まれたりして、内戦が未だに絶えないのは皆さんもご存知の通りです。

ナイジェリアもその例に漏れず、植民地時代とは、支配する側が他国から自国の軍事政権にかわっただけという、悲惨な状況が続いていました。

軍(国家)は、自分たちに反対する者を暗殺し、村落へは襲撃などをして、国家による犯罪が公然と行われていました。これは、今も変わらないと言います。オゴニ人も2000人を超える犠牲者を出していました。

ケンは、才能がとてもあり、プロデュースしたTV番組は当時の視聴率N0.1だったそうです。

内容は、世俗、特に政権を風刺したようなバラエティで、多くの人々の支持を受けました。

彼の著作も特にイギリスでは評判が良く、よくイギリスにも行っていました。

そんな世俗的に大成功の彼が、事実上作家業を完全に停止して環境問題に取り組み始めたのです。

シェル石油の利権に預かって腐敗した政府と、環境破壊を益々進め、自分たちだけの利益を上げているシェル石油の無謀なやり方から自分たちの土地と民族を守るためでした。

ケンは温厚な人で、いつも「暴力に訴えてはいけない」とオゴニの人々を諭していました。

MOSOPの運動は、グリーンピースなどが支援し始めましたが、世界がオゴニに注目したのは1992年、ケンの不当な逮捕がきっかけでした。

彼は裁判なしで数ヶ月拘留されましたが、幸いなことに釈放されました。

1993年、ナイジェリアでは総選挙が行われ、アビオラ氏が大統領として選出されました。

しかし、その直後、アバチャ将軍は選挙を全く無効なものであるとし、アビオラを投獄してしまいました。

1994年5月、ケンはオゴニランドでの集会で演説するために車で出かけますが、道路封鎖に遭い自宅に帰されます。

集会はケン不在のまま行われ、暴動が勃発。軍政府に協力的といわれていたオゴニの長老4人が殺害されました。

軍はケンを集会の首謀者であるとして逮捕監禁したのです。彼が集会に参加してはいず、車は会場と反対方向へ走っていた事実は完全に無視されて。

一年の投獄の後、軍事法廷でケンは死刑判決を受けてしまいます。

このニュースは世界中の非難を受けることとなり、時を同じくして、ニュージーランドでは旧英国植民地国家首脳会議であるコモンウェルス会議が開催されていた時でもあり、当時の南アフリカ大統領、ネルソン・マンデラ氏にケンの釈放を期待していました。

けれども、世界の心はアバチャの心を変えることはなく、1995年11月10日、ケンは一緒に捕らえられた6人とともに絞首刑となりました。

日本の外務省も、この処刑についてはナイジェリア政府に抗議文を出していますが、とき既に遅い行為でした。

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「ぼくと1ルピーの神様」ヴィカス・スワラップ

22日は、アカデミー賞の発表ですが、オスカーの最有力候補

「スラムドッグ・ミリオネア」の原作が「ぼくと1ルピーの神様」。

とても衝撃的な本で、ブログで紹介しようと思いつつ、機を逃していました。
オスカーを獲る前に、と焦りつつ書いています。笑

みのもんたさんが司会する「クイズ・ミリオネア」は

イギリス番組のパクリですが、その「クイズ・ミリオネア」のインド版に出演した

18歳のウェイターが見事に難問をクリアーし、10億ルピーを獲得したのですが、

学校に行ったこともない孤児の少年が、こんなに知識があるはずない、これはなにかカラクリがある、詐欺だ、と逮捕されてしまいます。

取調べで拷問に耐えられなくなり、自供の強要に屈しそうになったとき、突然、ある女性弁護士が顕れて釈放されます。

女性弁護士に促されて、どうして自分が幾多の難問に正解することができたかを話し始めます。

それは、彼がどんな目に遭ってきたか、世の中の不条理の中で、正義を貫き、一生懸命に命を突っ走った軌跡でした。

ネタバレしちゃうと映画を楽しみにしている方に悪いので、笑

詳細は書きませんが、そこには目を背けたくなる、こんなに酷いことが行われているのか、いかに子どもは大人のあらゆる欲望の道具とされているかが描かれています。

ほんと、悔しくて涙が出ちゃうほど酷い目に遭っているのに、純粋な心を持ち続ける少年に心が洗われるようです。

また、知識と言うよりも、知恵を生かして生きる術をある意味したたかに身に付けていく生命力の強さ。

どんな子どもも彼のように生きられればいいのに、と現実の厳しさもふと思いました。

映画のあらすじをWebサイトで読みましたが、原作とは少し変えてあるようです。

映画を観に行ってから原作を読むのもよし、原作を読んでから映画を観に行くのも良し。

お気に召すままに。

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ご参考までに。1ルピー=約1.88円

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