文化・芸術

ある絵画展を見て

昨日、雨の中、気ままに地方都市へ出かけ、たまたま通りかかった美術館に入った。

日本ではけっこう有名な画家の作品展が開催されていた。

日本的な繊細で色のきれいな水彩画とエッセイ。

たぶん、絵を見れば、ああ、見たことある、とほとんどの人がわかると思うけど。

絵を見てエッセイ読んでいるうちに、その画家さんは、幸せではなかったんだなぁ・・・と感じた。

たとえば、悲惨な写真や、絵を見ることはあるけれど、作者の苦悩は感じていても、

そこには、何かを訴えようとするパワーや怒り、そして愛情も逆に感じる。

だけど、昨日見た画家は、現実に生きていなくて、それも、第三者的な文を連ねているような印象だった。

たくさんの作品が展示されていたのだったけど、だんだんと見るのが辛くなった。

こういう印象を受けたのは初めてだった。

それとは別に展示してあった絵。

印象的だった。

http://www.ddart.co.jp/shonennheiaika.html

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pdfX12「アレッポのフォトフェスティバル」サポートをお願いいたします

シリアのアレッポで10回目の開催を数える写真展「TENTH INTERNATIONAL PHOTOGRAPHY GATHERING」に

以前もお伝えしたpdfX12(リマインダーズ・プロジェクト・・・最新配信表紙はこちら)が招待されています。

pdfX12で配信されるフォトエッセイは、なかなか、普段目にすることのない“世界の真実”を伝えるだけにとどまらず、寄稿してくださるフォトジャーナリストの方々の哲学・人生そのものが伝わってくるのです。

フォトジャーナリストの通して観ることが、写真に映し出されている人たちとの距離を縮め、深い想いが伝わってくる、毎回、心揺さぶられる作品になっています。

そのpdfX12が活動を始めて3年目、国際的な写真展の招待を受け、編集チームの方々が、一生懸命準備をされています。

もともと、pdfX12はボランティアチームで制作されているので、活動資金がありません。

そこで、サポートして下さる方を募っています。

ご連絡は、後藤さんか阿部さんの方までお願いいたします。

後藤由美さん g.youme@gmail.com
阿部真紀さん maki.abe@reminders-project.org

参加フォトジャーナリストのこれまでの写真を観ることもできます。

以下、転載と、これまでのご報告です。

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写真サイズが30X40センチと小さいもので、現地アレッポでの高品質のプリントが用意出来ないという理由から、参加アーティスト(この場合は pdfX12)が準備をするということになり、こちらからプリントを送付し、現地でマウントとフレーミングを行うということになっています。参加のため に、プリント制作費とアレッポまでの送付費用、他を捻出せねばなりません。プリント制作と送付はタイからを予定しています。

そこで、pdfX12を毎月ご覧頂いている方々から、pdfX12アレッポ・フォトフェスティバルサポートということでご寄付を募らせて頂きたいと思います。
私たちの活動は非営利運営のため、活動資金というものがもともと存在しません。これまでのpdfX12の刊行、活動を見守って下さっている方々に、この機会に、お願いしてみようと思いました。

◇一口1000円からのご寄付を募りたいと思います。目標額は10万円です。9/30まで受け付けさせて頂きます。

※ ご寄付のお申し出は下記担当までメールでご連絡下さい。ご連絡を頂いた方に、折り返しこちらから返信させて頂きます。
メールの件名を「pdfX12アレッポ・フォトフェスティバルサポート」と明記のうえ、

①(ご寄付をいただく方の)お名前

②口数(ご寄付金額)

③送金方法(郵便振替、銀行振込、PayPalより選択が出来ます)

をメール本文に添えて下さい。
※寄付者の方のお名前は、pdfX12展示場に表示させて頂きます。(匿名ご希望の方は連絡の際、お申し出ください)
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引用ここまで。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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触れたくなった写真~幸田大地展

リマインダーズ・プロジェクトでアナウンスされていた

幸田大地さんの写真展に行って来ました。

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テーマは Dalit ‐Untouchable INDIA‐

インドのカースト制度の枠外の人たちのことを表すダリット。

彼らの生活は、過酷だ。

市民IDは国から与えられないので、何か事業を始めようとしても融資を受けられない。

医者にかかろうにも、診てもらえない。

抗議をすると逆に暴力を受ける。

体が不自由でも、福祉援助は一切受けられない。

衛生的にも良くない環境なので、特に子どもの死亡率が高い。

黒熱病という、ハエの一種を媒体とする感染症(WHOによれば、緊急に対策が必要な感染症6つのうちのひとつ)にかかるケースも多い。

年端の行かない子どもたちが、裸同然でゴミ置き場から換金できそうな品物を探す。

なので、教育を受ける機会も少なく、識字率も低いと言う。

心を病むものもいる。

屋根も満足に備わってない家に住む人たちも多い。

家のない母子もいる。

ある女性は、望みは持たないのだと。

望みを持つ先にあるのは絶望だからだと。

そのようなスラムが、通りひとつ隔てたところにある。

それは、経済格差や貧困や紛争から来るものではない。

“差別”が生み出したものだ。

そして、ただ、親がダリットだということだけなのだ。

それがいったい、何なのだ?

何の意味があるのだろう?

彼、彼女の表情は無に近かった。

命の灯火が弱々しく見える。

カメラに向かってはいるのだが、笑顔がない。

まるで、この地で生きるための術を身に付けるために

すべての感情を心の中にしまい込んだようだった。

けれども、なぜか私は彼、彼女に触れてみたくなった。

子どもの手をとってみたくなった。

そして、もしかしたら、作者も同じように感じたのではなかったかと。

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“柵”のある美術館~ピカソ展

一昨日のことだが、新国立美術館にピカソ展を観に行った。

新国立美術館は初めてだった。

日曜日のせいか、とても混んでいた。

上野でもそうだが、美術館はいつも混んでいるという印象が強い。

そんなに日本人は絵が好きなのかなぁ?と思うほどだ。

それだからかわからないけど、展示してある絵には高さ20センチほどの“柵”が施してあった。

どの絵にもである。

モナ・リザとか、受胎告知とか、ゲルニカならわかるのだが、何故にすべての絵に“柵”があるのかわからなかった。

それに、各部屋にはベンチがなくて、休憩場は別にある。

これじゃあ、ゆっくり絵を楽しむなんて、できないではないか。

世界3大美術館のプラドは土・日は無料で観られるのに、1500円もとって・・・とか、だんだんブツブツ言い出した私。^^;

ピカソの絵は、けっこう有名なものもあり、各年代の絵がバランス良く選ばれていた。

私にとって、ピカソはゲルニカを書いていなかったら興味のない部類に入る画家だ。

それに、彼の絵を観るのには、とにかくエネルギーが要る。

それにしても、いつも思うのは、あのフランコ独裁政権下でこうもたくさんの天才が生まれたというのは、何と言えばいいのだろう。

抑圧の中で生まれるエネルギーの大きさは、計り知れない生命力の元となっているのだろう。

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アットンブリ

日本橋三越で、秋のアクセサリーの特別ブースが設けられている。

何の気なしに覗いてみた。

思わず目を惹かれたアクセサリーは“アットンブリ”。

何だか、食べ物みたいな名前に思えたんだけど。

ヴェネツィアを拠点としてデザイン・制作を手がけている兄弟だ。

お二人が来日されて、実演もしている。

繊細なビーズと大胆なデザインのモチーフを組み合わせていて、

美術館に展示されているような芸術性のあるアクセサリーだ。

うーん、私にはにあわなそう・・・していく場所もないし・・・

と思いつつ、すごいーーーとか言いながら、店員さんの説明を受けていた。

権威あるコンペでグランプリを受けた作品もあった。

“ボンジョルノ!”と気軽に声をかけてくださった。

私も“ボンジョルノ!”と返すだけで精一杯だったけど。

イタリア語は、全くダメ。^^;

パンフレットのフォトよりも実際の方がステキなご兄弟だった。

「お値段的に手が出なくて・・・」と言いつつ、グラッチェ!と言ってその場を

そそくさと去った・・・

どこかの美術館に飾ってくれないかな。ゆっくり見たい。

最後に“グラッチェ”

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アジアの子どもたちの絵日記展

丸ビルの1階イベント広場で“アジアの子どもたちの絵日記展”が開かれていた。

丸の内は、ここ何年かで様変わりし、東京駅の北側は高層ビルを中心に

賑やかな観光スポットになっている。

私は、もう何年も前から、有楽町から丸の内への丸の内仲通りを中心とした

エリアが好きだった。

何か、無味乾燥とした静けさが妙に心を落ち着かせてくれていた。

ポツリ、ポツリ、とあるブランドショップやカフェも、だんだんと増えてきた。

この日、ランチに寄ったカフェには、2組の子連れ、それもバギーに

乗っているような小さな子連れの親子に出会った。

何年か前なら見慣れなかった光景だ。

歩道もすっかりと舗装され、ベンチがあったりと少しは目も楽しませてくれるようになった。

この日は、大道芸が行われていて、案内の方が、

どうぞ、ご覧ください、と声をかけてくれた。

・・・ということは、地域が主催しているんだ!そう思った。

そうやって見ると、何組かの大同芸者がお得意の芸を披露していた。

様変わりした丸の内だが、それでも、お隣の有楽町・銀座界隈と比べると、

ゴチャゴチャしてなくて、人もまだ少ないので、ゆったりとした気分は味わえる。

さて、丸ビル。

アジアの子どもたちの絵日記展は、初めて観に行った。

アジアの子どもたちが、それぞれに生活をお互いに知ろう、という交流を目指し、

絵日記を応募する仕組みだ。もう、今回は8回目。

パネルに、各国の募集ポスターと入賞作品が飾られていた。

素朴な絵もあるけれど、まるで、大人の絵描きさんが書いたと思えるような

上手な絵もあった。

アジアで私が一番、身近に感じるのは、やはり、マザーハウス関連でバングラデシュだ。

グランプリのモンスール レシャッドくんの絵は、めちゃくちゃ上手。

素人目だけど、ほんと、すぐに画家になれそうなくらいだ。

HPには1枚しかアップされてないけど、日記なので4~5枚ほど展示してあった。

そこには、暖かい服がなくていじめられている子や、

ストリートチルドレンの子たちも描かれていた。

それが現実なんだ・・・って、改めて思った。

この絵日記展に応募できる子どもたちは裕福な家庭の子たちだろう。

そして、それは、本の一握りだ。

彼らの才能は、ぜひ伸ばしてほしい。

アジア発の芸術が世界にもっと認められてほしい。

それと同時に、光の当たらない子どもたちのことを、もっと真剣に考えてほしい、

そう、アンケートに書いて投稿した。

http://enikki.mitsubishi.or.jp/index_f.html

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ダ・ヴィンチ展

ダ・ヴィンチ展に行ってきた。

かの昔、モナ・リザを観に行ったなぁ・・・なんて思い出しながら、上野の森を歩いた。

案の定、修学旅行やら、なんやら・・・で人はたくさんだった。

すごいなぁ・・・。よくわからないけれど、こういった特別展は、平日を狙ってもいつも混んでいる。

正直言って、日本人はそんなに美術に深いとは思わないのだけれど・・・

で、受胎告知。

荷物検査までしてやっと入ったのに、せかすわ、せかすわ、

あのアナウンスは何なんだろう・・・それに、蛇腹のように通路作って、

これじゃあ、ゆっくりなんて見ていられない。

通路を出たら、もう終わり。逆戻りはできないんだって。

いったい、何なんだ????怒り爆発!!

これだから、日本で絵を観るのは否なんだ!!!

怒りを抱えたまま、次の会場へ。

何だかなぁ・・・あまり、きちんとしたコレクションとは思えないんだよなぁ・・・

なんて思いながら、観てまわった。

回るうちに、私の怒りは憧憬に変わって行った・・・

やはり、レオナルドは天才だ。いや、よくわからないけど、天才だ。

私は、医学とか科学とか力学とか、物理学とか・・・そっち系はまるでダメ。

分かる人が見たら、もっと凄いって分かるのになぁ・・・なんて思いながら、

科学博物館でも入ったかのような錯覚にとらわれながら、

観てまわった。

レオナルドは、この世に存在する全ての物・形に目を留めて、

観察し、洞察し、そして、考え抜いた。どうなっているのか・・・何が創られるのか・・・

たぶん、たぶんだけど、レオナルドの絵がこんなに注目されているのは、

きっと、絵が一番、一般人にもわかり易いからなのかもしれない、

そんな風に思った。

時代が違ったら、レオナルドのノートは、もっと日の目を見ていたであろうか。

それとも、あの時代だったからこそ、レオナルドは生きられたのか。

きっと、後者なのだろう。

やっぱり、ルネッサンスっていい!!!

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